国際理解講座「緊迫度を増す中東-米国・イラン対立の背景にあるもの」を開催しました


第93回「 国際理解講座」<世界を知ろうシリーズ>を2019年9月7日、本多公民館で開催しました。演題は「緊迫度を増す中東-米国・イラン対立の背景にあるもの」、講演者は防衛大学校名誉教授の立山良司さん。

講演では、米国、特にトランプ大統領とイランの対立の実情を中心に、混迷する中東地域の情勢と今後の見通しについて話されました。聴講者は、マスコミによる情報ではわかりにくい米国とイランの対立の内容や中東地域の複雑な情勢について理解を深めたとたいへん好評でした。

 

以下に、立山さんの講演を要旨としてまとめましたので紹介します。

 

1.はじめに~不安定な中東情勢

 

・今年の5月からペルシャ湾周辺で事件が頻発して緊張状態が続いている。

・6月、ペルシャ湾内のジュベールからシンガポールに向かっていたタンカー(日本の企業が運航していたが日本の船籍ではない)が何 者かに襲撃された。今も何者か、何による攻撃かがわかっていない。その後も海賊行為や拿捕などの事件が起こっている。

・同じ6月、米軍のドローンがイランに撃墜された。トランプ大統領は報復攻撃を命令したが、実行10分前に中止した。「もし実行したらイラン側に多数の死者が出て大問題になる」との報告を受けて報復を思い止まったとされるが、実はメディアから「もし報復で戦争になったら来年の大統領選挙に負ける」と言われて中止したというのが本当らしい。

・中東地域全般を見ても、未だにシリアでは内戦が続いており、特に北部で激しい戦闘となっている。内戦はイエメンやリビアでも起こっており、イラクも不安定な状況である。北アフリカでは、アルジェリア、スーダンが1月ごろから政治改革の要求運動が起こっており、大きな内戦までは発展しないと思うが不安定要素になっている。

・「アフリカの角」と呼ばれている地域(ソマリア半島を中心とする地域)を巡って色々な国の“パワーゲーム”が展開されている。その一つ、ソマリアは、国としての統治がなされておらず、北部は2つの地域が事実上の独立国状態で、南部はイスラム過激派が支配して、統一国家とはいえない。もう一つの国・ジブチは、南へは紅海からアデン、アラビア湾、インド洋を経て日本へ、北へはスエズ運河からヨーロッパへと、日本にとってもヨーロッパにとっても海上輸送で重要な地域である。ジブチにはヨーロッパ諸国や米国、中国などが軍事基地をもち、色々な国がパワーゲームをして影響力を行使しようとしている。この地域には海賊が頻繁に出るので、日本は自衛隊を派遣し警戒をしている。

 

2.米国・イランの対立

 

・1979年のイラン革命で現在の体制ができて以降、両国は対立関係にある。革命直後にイランの米国大使館が襲撃され、大使館の占拠・人質事件が起こってから、米国側に「イランは過激なイスラム原理主義の危険な国」というイメージが定着。一方イラン革命政府は、中東における米国主導の地域秩序に反発しており、両国の対立は激しくなっている。

・イラン側は、「米国がイランの現体制を壊そうとしている」との認識があり、ペルシャ湾地域での米軍の存在を脅威と感じている。

・米国はイスラエルとともに、イランが1990年代から核兵器の開発をしていると指摘し、独自にイランへの制裁を開始。これに対しイランは、核兵器の開発を否定し、核開発はあくまでも平和利用と主張して、IAEAの査察を受け入れた。ところが、2002年にイランの反体制派が「イラン国内に秘密の核開発の施設がある」と暴露。決定的な証拠はないが、状況証拠から核兵器開発の可能性は否定できず、国連安保理はイランにウランの濃縮停止などを求める決議をした。これに対しイランは平和利用を主張してウラン濃縮を止めず、国連は制裁を科し次第に強化。

・米国及び国連によるイランへの制裁強化により、イランの石油輸出量が大幅に減少したためイラン経済は大きな打撃を受ける。そうした状況を背景に、2013年頃からイランと米国(オバマ大統領)が制裁解除に向けて交渉開始。2015年に、イランと米・英・仏・独・露・中の6か国間で核合意が成立。合意の主な内容は、核分裂を起こすウラン235の濃度と数量の制限、ウラン235を濃縮するための遠心分離機の基数の制限など。

 

3.トランプ政権の対イラン政策

 

・トランプ大統領は就任直後から、核合意は、イランが10年以内には核兵器製造が可能になるし、合意期間中でも核開発を続けられるという見方から「イラン核合意は最悪の合意」と言って核合意を批判し、2018年5月に核合意から一方的な離脱を表明、イランに対する独自の制裁を再開した。

・制裁の対象は、核関連だけでなく、イランの様々な組織や個人とそのビジネス (石油、金融、運輸、保険など)に及ぶ。さらに、このような組織、個人と取引をした第三国の企業なども制裁対象にしている。このため日本企業もイランからの原油輸入を停止した。

・米政府がイランに具体的に要求しているのは12項目あるが、主なものは、核開発の全面放棄、弾道ミサイルの開発放棄、シリアなどから関係する軍事組織の引き揚げ、米国などが「テロ組織」と見なしている組織への支援の中止。

・これに対してイランは、核開発は平和利用であるとして米国政府の要求を全面拒否、その一方で核合意には留まっている。ただ、石油生産の大幅減少によりイラン経済は厳しい状況に置かれる。

・米国以外の締結5か国は核合意を維持するも、米国の制裁は怖いのでイランとの取引は大幅縮小か停止している。

 

4.なぜトランプ大統領はイランを目の敵にするのか

 

 ・イランの米大使館占拠・人質事件や「イスラム原理主義の巣窟」などで、米国民の多くは「イランは危ない国で脅威」という意識をもっている。更に、イランは米国が支持するイスラエルと敵対関係にある。

・トランプの強力な支持基盤である白人のキリスト教徒福音派はイスラエルを強く支持し、イランを敵視している。白人福音派はイスラエル支持の強力なロビー活動を展開している。

・福音派は保守的で、1980年代後半から共和党支持の傾向を強めている。ペンス副大統領は国民の信頼度が高く敬虔な福音派であることもあってトランプへの集票が多く、前回の大統領選挙でトランプは福音派の圧倒的な支持を得た。(共和党81%、民主党16%).

・米国の外交にとってイスラエルの安全保障は最大の課題であり、敵対するイランを念頭において次々とイスラエル支持政策を打ち出す。

―エルサレムをイスラエルの首都と公認し、米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転した。

―国際的にはシリアが領有しているとされるゴラン高原をイスラエルが併合することを承認。更にトランプは、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地併合を認める可能性がある。

 

5.「イラン脅威論」の拡大

 

・イランは近年、アラブ諸国の内戦などを利用して、レバノン、シリア、イラク、さらにイエメンに軍事的な足がかりを構築した。特にシリア、イラクではイランのイスラム革命防衛隊(IRGC)が活動している。また、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシー派はイランと強い関係を持っている。加えてペルシャ湾のタンカーの航行を妨害しているのはイランの革命防衛隊と言われている。

・イランは通常戦力では米国、イスラエル、サウジアラビアにはかなわないので、直接交戦を避ける非対称戦略を採用している。つまりイスラム革命防衛隊やレバノンのヒズボラ、イラクのイラン系民兵組織などの非正規軍を育成・支援している。イランの非対称戦略はイスラエルや米国に対し強い抑止力を発揮している。

・一方、イスラエルは革命後のイランを実存的脅威としてとらえ、繰り返しシリアやレバノン、最近ではイラクのイラン系軍事組織を攻撃している。また、イランの核開発を強く警戒している。 

・もし、イスラエルがイランの核施設を攻撃したら、イランだけでなくレバノンなどにいる非正規軍がイスラエルを報復攻撃するであろう、同様にもし米国がイランを攻撃したら、イラク駐在やペルシャ湾周辺に展開している米軍がイラクの非正規軍に攻撃され、米兵が危険に晒される可能性がある。このように、イラン系の非正規軍の存在やミサイル開発は、イランが自国への攻撃を回避する重要な抑止力になっている。

 

6.今後の展望

 

・中東の産油国は全てペルシャ湾に面しており、その産出量は世界の石油生産の31%。その多くが輸出で、世界の海上輸送の35%がホルムズ海峡を通る。

  そのため、ペルシャ湾は石油の生産、流通の両面で依然重要な位置を占める。

・この地域で、軍事衝突の危険が高まっているのも事実で、革命防衛隊の挑発行為も多く起こっている。他方、米国は艦隊を派遣している。

・その一方で、米国、イスラエル、イランなど、どの当事者も全面戦争はあまりにも大規模になり犠牲も大きいので避けたいと思っているようだ。しかし、小規模の限定的な戦争やサイバー攻撃などの見えない戦争やドローンによる攻撃は増えそう。

・ペルシャ湾の安全航行確保のため、トランプ大統領は有志連合の結成を呼び掛けているが、この構想に参加しているのは今のところイギリスとオーストラリアだけ。日本は参加せず、独自に海上自衛隊の派遣を検討していると報じられている。しかし、トランプ大統領はホルムズ海峡の航行の安全は石油の利用国が確保すべきとの立場を主張しており、将来、日本に参加を迫ってくる可能性がある。

・米国とイランの対立は、それぞれの立場があまりにもかけ離れており、特にイランの核開発問題では双方に妥協の余地はない。米国の制裁でイランの経済・社会がどこまで持ちこたえられるかが核心の問題だが、イランは石油ビジネスだけでなく色々な産業があるので底力があり、石油の禁輸だけでは簡単には破たんしないとの見方も多い。

・中東全体として、1つの大きな問題は、米国が「アメリカ・ファースト」の立場から、「世界の警察官」の役割を放棄したことだ。この結果、同盟関係にあるイスラエル、サウジアラビア、エジプトなどは、米国が中東に関与しなくなり「見捨てられる」のではないかとの不安感をもつ。

 この他、各国とも、若者の失業や政治改革要求の可能性などの不安定要因や、イスラム過激派の存在、内戦、武器(ミサイル、ドローンなど)の拡大などのリスクをもち、更に、サウジアラビア・UAE・バーレン対カタール、トルコ対エジプトなど中東内部の国家間で様々な対立が起こっており、このような情勢から、疑心暗鬼が中東全体を覆っている。

 

7.おわりに~日本にとっての中東はどう考えればよいか

 

・ペルシャ湾岸地域は日本のエネルギー供給源として重要であり、また、ペルシャ湾を含む中東周辺の海域はインド・太平洋の海洋ルートを構成しており、日本の自由航行にとって重要な場所である。

・中東全体としての市場も重要である。特にイランは人口が多く大きな市場をもっているので、長く続いているイランとの友好関係を維持したい。

・いくつかの難しい問題がある。

-イスラム過激主義の拡大と活動の活発化により中東全体が混乱する恐れがある。

-核兵器の拡散の脅威。イランと米国との対立が激化すればイランは核開発を進めるだろう。イランが公然と核兵器核をもてばイスラエルやサウジアラビアも持つことになり、極めて危険な状況になる。

・このような日本と中東との関係、中東をめぐる不安定な情勢の中で、トランプ大統領提唱の有志連合にどう係わるか、イランとの関係維持をどう進めるかなど、安倍首相が中東に対しどういう外交政策をとっていくか、対応を誤れば、イランとサウジアラビアの対立を煽る結果にもなり、難しい舵取りが迫られる。今後の政策や対応に注目したい。

 

以 上